2016/8/13 関東ウェーブの会第4回例会記録

《はじめに》

今回の第4回例会は懇談会,懇親会を通して,スタッフを含め全体で18名の方々が参加してくださいました。初参加の方,毎月来てくださる方,また遠方から久しぶりに顔を見せてくれた方もいらっしゃり,だんだんとウェーブの例会に活気が出てきたように感じました。今回の例会では前半は参加者からの話題を普遍的な形に置き換えて取り上げました。前半は,みなさんの躁時の病識について,詳しくお聞きすることができました。後半では,先日起きてしまった相模原障害者施設殺傷事件についての意見交換を行いました。後半の話題については,我々としては決して無視できない事件であることを認識させられ,これからも考え続けていかなければならない問題がたくさんあることを考えさせられるものとなりました。懇親会にもたくさんの方が参加してくださり,様々な話題で盛り上がりました。

以下は当日のスケジュールと,懇談会で話し合ったことの要約です。参加された方々には是非例会を振り返っていただき,今後に役立てていただければ幸いです。参加されなかった方々にも,この記録がウェーブに興味を持っていただくきっかけになればと思います。

《スケジュール》

(1)自己紹介

(2)懇談会1部【職場で躁うつ病をオープンにするかクローズにするか】(参加者からの話題) 15:0015:30

(3)懇談会2部【躁状態の病識について】(参加者からの話題) 15:3516:05

(4)懇談会3部【相模原障害者施設殺傷事件について考える】 16:1517時過ぎ

懇親会終了 17:00

休憩・買い出し等50

(5)懇親会

《懇談会の要約》

懇談会第1

【職場で躁うつ病をオープンにするかクローズにするか】

司会:この話題については一般論があるわけではない。具体的な事象に対して話合うことでしか解決はできない。個人個人の状況に話を設定しなければ行けないのである。

そこで今回は,この話題に普遍性をもたせるために,もしオープンにしたらどのような問題が起こるのかについてお聞きしていくことにする。働いている人は今回の参加者のうちの約半数だった。

〔働いている人からの体験談〕

・自分は教職でほぼ24時間忙しく働いていたが,あるとき同僚に対して憎悪感が出てきた。たいして働いていないのに自分よりお金を貰えるまわりに反感を持った。当時は上の立場の人間にはオープンにしていたので,「あなたはゆっくりやっていていいよ」と言われていた。異動をしても,異動先にも話が伝わってしまっていた。結果,自分のほうに仕事が来ず,窓際属のようになってしまった。最後には欠格教員として退職に追い込まれた。

・自分は前職(個別指導塾講師バイト)で,職場が嫌で辞めたかったが慰留されていて困ったので,どうなるのかなと思って自分の今までの入院理由や病気のことを言ってみた。すると,今まで慰留してきたのに,すぐに退職届けを渡された。今回については辞めたかったのでちょうどよかったし,教育産業なので仕方ないと思ったが,このような対応にはがっかりした。今は別のところで講師をしているが,今回は絶対言わないようにしようと思っている。

・自分はトレーラーの仕事をしていたこともある。そこでは多少躁状態であっても受け入れられやすいのでクローズだった。このように,クローズにしてもやっていける場では,クローズにしていてもよいと思うが,その職場によってどちらがよいかは全く異なるであろう。最近の事例では,ある躁うつ病の方が退職して生活保護に移った際,住んでいた場所から「ここは心身ともに健康で働く人の場所だ」と言われて引っ越さざるを得なくなった。それから不動産会社を回ったが,生活保護の理由として精神障害のことを話すと,ほとんどの所ではねられてしまった。このように,精神障害というだけで住む場所も限られるような風潮が広まっている。

・自分は自律神経失調症ということにしているが,上の人間は自分の本来の病名を知っていて,その人達が部下にも言ってしまうので知れ渡っている。ただ,建前上だけは,自律神経失調症と言っているのである。建前をなくしただけでも,何か思われてしまうのではないかという気がする。

 

懇談会第2

【躁状態の病識について】

・話題提案者(家族の方):夫が躁うつであるが,躁のときに病識をもっていないのか,服薬をしなくなってしまうこともある。

・自分は3年の間に何回かの躁を経験して,もし躁になるきっかけがでてきたら自分を落ち着かせようとできるようになってきた。自分の場合は自分がえらくなったような気がして周りを見下す気持になったりイライラしたりすることが,躁の入り口だと意識するようになった。具体的には,自分の感情を疑い,自分の今の状況を客観視するようになった。昔はえらくなっている当時に言われても分からなかった。このことから,「1.自分の躁状態を意識しようと思ったきっかけ」「2.自分にとっての躁のトリガー」について皆の体験談や気をつけていることを聞いた。

〔皆の体験談・気をつけていること〕

・躁になると,調子いいな,くらいの感覚が当然だと思われるが,自分の場合は3回や4回くらい躁転して初めてこれは止めなければマズイと思うようになった。最後は,自分をコントロールするのは自分だと気がついた。トリガーは睡眠が邪魔と思ってしまうようになること。睡眠の時間を他のことに充てられるという気持になるのがトリガーであると思う。

1型の人と2型の人では躁転のトリガーがだいぶ違うのではないかと思う。

・躁と鬱を繰り返すという意味では1型も2型も同じだと思う。自分から見て,自分が普段の自分でないと思ったり辛かったりすること1型も2型も変わらないと思う。

・躁転すると価値観そのものが変わると思う。一定の線での「あるべき価値観」というものが変わってしまうのが躁うつ病であると思う。

・躁時の対処としては,家から出ないようにすること。

・小さいころからリーダー役をしていたので,躁で偉そうに指示していると思ったことはあまりなかった。しかし,病院の会計で事務員に怒りだしてしまい,先生が来た時に初めて病識を持った。トリガーとしては,睡眠不足を気にしている。また,デパートに言ってわざと言いがかりをつけるなどをしたくなりおしゃべりになるときもトリガーだと思っている。

・躁になるとそれが親に向かうことがある。言葉による虐待をうけて育ってきたので親に対する憎しみは抱いてきた。そのような中で結婚して子どもが生まれても,そのような感情があったが,躁が現れたときに親への憎しみを大声で怒鳴ってしまうことがあった。主治医には,躁状態になると人格も能力も低下すると言われ,それが嫌だと思ったので気をつけるようになった。トリガーは,自分の場合は睡眠時間が短くなることと,人に対する憎しみが強くなること。親の前では長いこといい子でいようと思うことが今も続いてしまっているのか,実家に行くと具合が悪くなる。

・1回目は母親が亡くなったときの葬式躁。また,仕事を3つほど同時に初めてしまって,それは自分の能力が上がったからと思っていた。さすがに三回目の次は気づくのではないかという自信はある。主治医に,あなたの場合は上がったところでたいした躁じゃないでしょ,と言われて抗鬱剤を出されている。

・躁状態になって人に迷惑をかけたことを思い出すと,それはもうできないと思うのでコントロールしようと思える。自分の同病の相手,息子のことを考えたとき,自分のことを考える筋合いがないのではないかと思ってしまう。

・病識に関しては,毎日使うお金の金額を数字ではっきりさせることで病識を持つことができる。また,睡眠時間の長さも数字で出るので,睡眠覚醒リズム表などを活用すればよいと思う。躁状態では外とのコミュニケーションを断つこと,やりたいことを「自己完結すること」に限って行うこと等を行っている。

・提案者の話題について難しいのは(提案者が躁うつ病の旦那さんを持つ家族の方なので),躁状態の自覚を持たない相手を見ていなければならないことであると思う。自分も最初はそうで,仕事の仲間に数十人に言われてやっと病院に行った。気づかねばならないとき,気づくときが必ずあるわけで,焦らず見守って欲しいと思う。

・躁うつは年齢とともに躁が少なくなり鬱が増える傾向がある。なので,大変な躁はずっと続くわけでないと思うが,それまでは大変だと思う。

・話題提案者:やはり「自ら気がつく」ということが大切なのであると考える。今の状態もある程度受け入れなければならないのでは,と思った。主人の躁は,周りがバカに見えて見下すということに現れる。子どもの前でバカとかそのようなことを言わないで欲しい,と言ってもわからないらしい。

・上記について,自分も躁状態になると言葉がきつくなる。

・躁時に病識を持つには,認知行動が大切だと思う。周りの人々の意見を聞くことが最も大切だと思っている。

 

懇談会第3

【相模原障害者施設殺傷事件について考える】

司会:この話題に長い時間をとっている。スタッフの中でもこの話題を行うかどうかについては異論もあった。ある特殊な人が起こした事件なので取り上げることはない,という意見があったのである。このような異論はのこったままであるが,この話題を避けて通ることはできないと考え,取り上げるに至っている。

〔資料の読み上げ〕

ニメラー:彼らが最初共産主義を攻撃したとき(資料)

また,このニュースについては世界中で取り上げられている。私達からすれば,被害者は知的障害者で躁うつ病は別だと思われるが,このニメラー牧師も行っているように,ここで我々が考えていかなければ,このようなことはまた起こってしまうのではないか考え,取り上げるに至った。

まずは,この事件について皆がどのように感じたかについてお聞きし,次に犯人のことについて話して行きたい。

〔このニュースを聞いたときに感じたこと〕

・最初は想像もつかないことだと思ったが,犯人が躁病で生活保護を申請しようとしたなどということを耳にしたことで,我々もそのような偏見にさらされてしまうのではないかと危惧した。・第一印象はすごいことが起きたな,ということであった。このようなことになるというのは,容疑者も少なからず追い込まれていたのだと思った。福祉系で働いている人は,利用者のことを嫌だと思うこともあるだろうが,行動におこす人はいない。それを起こしてしまったということについては,容疑者が支援を受けられなかったことにも原因があるのではないかと思った。

・この事件についてウェーブに寄せられたメールを読み上げた。

「ホームページの雑談掲示板に障害者殺人事件の話題がありました。

自分は今,知的障害者の人達の移動ガイドや生活支援のヘルパーをしているのは以前にもメールしましたが,自分も障害者です。

事件が起こった翌日,自分はまだ食堂で働いていましたが,朝その話題を30歳の女性栄養士にふったところ,「でも犯人の言っていることも一理あると思うんですよね」と言いました。自分はその時は自分も障害者だし,土日にヘルパーの仕事も掛け持ちでやっていたので,知的障害者が身近な存在になっていたので,その一言に耳を疑いました。自分が将来子供を産んで,その子が障害者だったら,その女性は自分の子供を殺されても仕方のない子供と思うことができるのだろうか。

でもそういう考えかたを持っている人は少数ではないかもしれない。

街で障害者をガイドしてても露骨に嫌な顔をする人もいます。

精神障害者の自宅にもご飯を作りに行ったりしていますが,どのかたも,豊かな生活をしている人は自分の経験上いません。団地,市営住宅で生活保護を受け,つつましく生活してらっしゃいます。

なりたくて障害者になる人なんていないのだから。いなくて良い存在なんて,思えないです。障害者にも老人にも尊厳があるはずです。

…うまく言えないけど。

日本は経済的にそんなに豊かな国にならなくたって良い。原発だってなくたってやっていける。もっと,本当に困って命を落とすような人のでない国になって欲しいと思います。困っている人がとなりにいたら,手を貸せるような日本人でありたいです。まだまだ自分も半端人間ですが…。

自分が最初この仕事を教えてもらったヘルパーは,「短い時間の中なんだから,私たちは利用者さんに自分の時間の全てを捧げるつもりでやって行くと良いですよ」と心構えを教えてくれました。その言葉は忘れません。

そういう気持ちでやっているヘルパーもいるということだけ,補足させていただきます。」

 

・第一報と聞いたときに躁うつと出るのではないかという悪い予感はあったがビンゴだった。今後社会の風当たりがよけいに強くなると思い,オープンにして生きていくことが難しくなると思った。

・この事件を起こした彼に誰かがサポートすることができなかったのだろうか,ということが頭に浮かんだ。・まず,この容疑者が精神科につい入院していなければよい,と思った。ますます世間の偏見の目が強くなってしまうと思った。植松容疑者にも精神疾患があると言われているが,精神疾患そのものはその人の責任ではないと思った。その人本人ではなく,その人がそのような「脳」を持って生まれてきてしまったということも考えていかなければ,と思った。

・当時鬱でテレビも新聞も見ていなかった時期だったので,大変な事件が起こっているということもあまり知らなかった。

・この容疑者が措置入院していたとか躁病と言われたときは,世間の風当たりが強くなるなと思ったし主人(躁うつ病の当事者)がこれからどのようにしていけばよいのか,と思った。被害者の方々に関しては不憫でならなかったが,容疑者に関しては措置入院の後一人で住んでいたことから,家族に捨てられたのではないか,と思った。家族がどれだけサポートすればいいのか。

・自分は植松容疑者が精神障害者とは思っていなくて,「社会のほうこそ」異常だと思った。特に,ネットニュースでヒトラーとナチスの思想が降りてきたとのことを見て,これは歴史の繰り返しなのではないかと感じた。彼は過重労働だったようだし,殺された側も孤立していたのでこれは被害者も加害者も,社会が切羽詰まったときに必然的に起こってしまうことだと思った。これは弱者に対して世間の鬱憤があたってしまったのではないかと思う。また,彼の手紙を読む限り,これは今の政策や社会的なものに対してのイデオロギー的なものではないか,と思う。

・自分には医師ではないので分からないが,様々な脳の病気や性質,薬が絡んで起こったことであると思う。ただしそれは自分の中にもあると思う。また,この人の一側面について自分も持っている,と思う人は自分だけではないと思う。この人はその一線を超える何かを持っていたのだと思う。

・事件自体について,凶悪殺人者は歴史上,どこかにいた。全てを社会のせいにする評論家もいるが,その見方はしたくないと思う。ただ,このことで一般の社会と障害者の共生がさらに難しくなったとも思った。一般社会と,精神科医に診断された人々が共生することはあまり上手く行ず,難しいこともあると思った。ある意味で措置入院や隔離も必要なのではないかと思い,だが,自分はそのような人と一緒にされたくないな,と思った。

・この園のパート募集要項を見たことがあり,昼間の賃金は妥当の範囲と思ったが,夜の12時間勤務の時給が905円と書いてあるのを見て,それはない,と思った。普通は夜勤手当も数千円つくべきだと思う。容疑者の手取りの金額が少ないことも異常だ。この園が労働者から「搾取」していたことも問題であると思う。

・この事件は多面的な構造を持つものである。この社会はこのようなことが起こっても不思議ではない社会であるが,いざ起こってみると悔しいことである。最も弱い障害者を,低賃金で働いていた人が殺してしまうという,お互いに厳しいところにいる人々が,片方を殺してしまうことに関して憤りを覚えた。また,この憤りをどこへ向けたらいいのか,ということも考えた。本人自身,というよりは社会全体と結びつけて考えていかねばならないと思う。

彼は夜勤かなり重度の障害者をずっと見ていたにもかかわらず,賃金は最低賃金と同等であった。自分が経営者であったら,「最低賃金そのもの」で働かせるようなことはしない。この場合は最低賃金が905円で本人の時給も905円であった。このように考えると,彼が起こしたことを特異と考えるよりは,だれがこの犯人の状況になっていてもおかしくないのではないか,と考えた。施設については,国や県や自治体が特に福祉関係の労働に力を入れずに民間委託してしまうこと,その経営者が使い捨てにしてしまうことが問題だと思う。

・このような施設の夜勤は本当に辛いところがある。仮眠の時間も書かれているが,仮眠の時間などは実質取ることができない。入所者が起きているからである。犯人もそうだが,施設について憤りを感じている。

・この件については,関東ウェーブのHPの「雑談掲示板」に書き込みをしてくれた人がいる。その内容を読み上げた。

・容疑者が,被害者について「殺したらいいのではないか」と「思う」ところまでは個人の自由でもあると思う。それを行動に起こすことは社会のルールを犯すことで問題外なのだと思う。犯人には脳の障害があると思うが,精神障害はないのではないか,と思う。措置入院後退院した際も演技したのではないか,と考える。この人が仮に双極性障害だったからと行って自分が肩身の狭い思いをするとか偏見を受けるなどとは思っていないし,その点では自分とは関係ないと思っている。

・最初に受けた印象は2つあり,自分でも死にたいと思うくらいなら,みなそう思うと思った。被疑者が精神科にかかっていると聞いたとき,「無垢な知的・身体(障害者)」対「悪い精神障害者」というような構図ができるのが嫌だと思った。また,知的障害者施設で働いていると,相性が悪い障害者とバトルが起こり,怪我をさせられることもよくあるが,それを外に出せない,やり返すこともできない,というシビアな現状もあるというように知人から聞いた。

・日本だけの問題ではないと思うが,弱い者を切り捨てていくという現状が容疑者に降りかかっていたのだろうと考えた。障害者を援助する際には,近くにいるだけに,自分がしっかりとした人間観を持っていないと偏見につながると思う。容疑者は,障害者の両親のこと,国のこと,戦争になるような現状,などを考えると,弱いものは安楽死させるしかない,という脈略の手紙を書いている。彼は,知的障害者は動物的だから暴力的だと考えているようだ。

〔被害者の方々が暴力を受けたこと,暴力を受ける背景に関して〕

・高齢者施設で働いていた経験から,こちらの態度等を相手も汲み取り,それに呼応するようにして暴れたりパニックになったりするのではないかと思う。

・自分は知的障害者がパニックになった現状を何度も見ているが,本当に悲惨である。しかしそれを誰かに言うことは出来ず,しかも低賃金で拘束時間も長いのである。相手に言葉が伝わらなく,自分の意思が伝わらないときに,自分の意思と異なったことをされるとパニックを起こすのである。自傷,他害のある知的障害者には薬(リスパダール)を投与することもあるようだ。

・自閉に関しては療育もあるが,小さいころからトレーニングをしていれば身につくものなのだろうか。

・小さいころからやっていれば身につく。しかし,そのようなトレーニングを含めた,療育を受けていない障害者が,支援が比較的厚い特別支援学級からいきなり施設に来ると戸惑ってしまうこともある。

・自分のいとこは生まれてすぐの脳炎を患って言葉での意思疎通が困難という知的障害者であったが,自分らはその子を含めて一緒に遊んでいた。そのような人間関係の中での異常な行動は,上記の異常な行動とはまるっきり違うものなのではないかと思う。今は,知的障害であれば家族関係や地域的な関係から切り離されて孤立するという状況だと思う。このような中で,自然に社会的な関係を築くことが困難になっているのではないか。

〔犯人について考えること〕

・犯人は手紙で,障害者を殺害する,とした上で,本当に19人殺害したが,これは確信的に行ったものであるか,障害のせいで突発的にやったかについて,皆はどのように思っているか。

・確実に確信的に行ったと思う。手紙を送ったのが2月で殺人を行ったのは7月下旬なので用意もできる。精神障害がなかったらこの人はやらなかったか,と言われるとそこはまだわからない。しかし,このような労働環境がこうしたのか,と言われるとそうでもないような気がする。

・上記に対して,これらは歴史的な大量殺人と同質なのか,社会的背景やイデオロギーが絡んだ確信的なものなのか,ということは考えなければならない。自分としては,確実にイデオロギー的なものだと思う。

《おわりに》

今回は関東ウェーブの第 4 回目の例会でした。今回は普遍的な話題はもちろんのこと,私達が無視してはならない事件について皆で話し合うことができました。個人的な感想ですが,皆様の考えに触れることで,ニュースや周りにいる健常者,SNSなどからは得られないような視点を得ることができたと感じました。また,自分だけでは悲しむか憤るしかできないことに対しても,皆さまと話し,それに基いて行動することでだんだんと突破口が開けてくるのではないか,という感覚を持ちました。ウェーブの会が,自らが直面している目下の問題だけではなく,このような話題に触れることができるようになったことは,意義深いことだと感じた1日でした。

参加してくださった皆様,本当にありがとうございました。これからも関東ウェーブの会をよろしくお願い致します。

《関東ウェーブの会からの 2017 年度以降運営に関する重要なお知らせ》

トップページの「関東ウェーブの会からの重要なお知らせ」にもあるように,ウェーブ は 2017 年度から会員制・毎月の例会制に移行していきます。つきましては,これから 2017 年間度までに,ウェーブは毎回の例会の中で,会の運営について皆さんと話し合っていく時間を設けたいと考えています。もちろん,躁うつ病同士が気兼ねなく自分たちのことを話あい交流できる場としての機能も,十分に果たしていきます。

次回定例会のお知らせ

次回は 2016 9 3日(土),次々回は 10 1 日(土)に例会を予定しています。詳しくは後日「躁うつ掲示板」に UP 致します。ご参加お待ちしております。お手数ですが, 参加の際には参加表明をしていただけると非常に助かります。

以上